よそゆきで行こう!

 友達の娘が5歳のときである。
 この娘、ちび子(仮名)はよくはしゃぎ、ファミレスなんかでも走り回る。友達としては注意しておとなしくさせたい。が、人前で注意すると父親が嫌がる。だけど、その場以外で注意したって4歳児なんて何を注意されているか分からない。ということで、しつけの効果0状態が続いていた。ちなみにこの「父親」、つまり友達の夫を私は嫌いだった。ま、そんなことはどうでもいい。
 さらにちび子は私を母親が私を呼ぶように「ちゃん」付けで呼ぶオマセさん。私とは何回も遊んでいるので、お母さんの友達ではなく、自分の友達と勘違いしているフシがある。当然私を見ればはしゃぐし、どこであろうと高い高いや、ぶーんや、キティちゃんでおままごとをしてくれると信じている。
 彼女の家で会うのはかまわないが、外で会うと二人の会話が成り立たないくらい騒がしいし、おしゃまだし、食わせておけば静かにしているタイプでもないから、手を焼く子だった。

 ある時、彼女が東京に遊びに来るというので二人で昼食をとる約束をした。当初の予定ではちび子を実家に預けておけるはずだった。ところが、待ち合わせの1時間前になって娘を連れてこなくてはならなくなったという。ありゃま。
 地理にうとい彼女だから、待ち合わせ場所の変更は難しい。こじゃれたホテルで落ち合うが、近くにファミレスなんてありゃしない。4歳児は電車移動だけで既にすこしばかり疲れてるし、もともと頻繁に糖分摂取させないと血糖値が下がってぐったりする生き物。しかたないので、当初二人で行く予定のフレンチレストランに入った。

 平日の1時半すぎだったと思う。
 ビジネス街にほどちかいレストランは、昼食目当ての人が減り始めたところだった。内装はおちついたピンクベージュを基調としている。テーブルには生花が飾られ、テーブルクロスが二重になっていて皿を置いても音がしない。。カラトリーは手に取ると重いシルバー。ちび子の知らない世界がそこにはあった。
「こどもがいるので、隅っこにお願いします」
と彼女が恐縮して頼むと、ウェイターさんが
「かしこまりました」
と席に案内した。
「お小さい方のお椅子ですが、高さが合わなければお申し付けください。
 お嬢様、食べにくかったら手を上げてくださいね」
黒服のお兄さんに言われて、ちび子はただ呆然としている。

 こどもには私たちのとったものを小皿に乗せて食べさせていいかというと、これも快く承知してくれた。なるべくちび子が食い散らししないようなモノを選ぶ。えびフライとかね。
 食の細いちび子はいつもだと、えびフライの半分くらいで食べ飽きて、えびの尻尾をもってぷらぷらさせたりするのだが、この日はしず〜かに食べていた。
「ママ、食べきれないかも…」
か細い声でうつむいて言う。
「残したらママが食べるから大丈夫よ」
といわれると、うなづいて、でも結局最後まで食べた。
 そしてデザートにプリン。

 見たこともないフルーツのカービングがサイドに飾られていて、お皿にはクリームやチョコレートの細い搾り出しで絵が描かれている。
「これ、食べていいの? もって帰らなくていいの?」
とちび子は真剣に聞いてきた。お子様ランチにおもちゃがついてくるが、フルーツはそのおもちゃの類で食べられないきれいなだけの何かなのか心配になったのだ。
「食べていいよ〜」
と母親から言われて、にぃぃぃっと笑ったものの、きれいなものにフォークを指すのがもったいなくて、手が止まっていた。真剣! そのものである。
 食べたことのない外国の果物、ぷっちんじゃないプリン、細かい縁取り模様の入った「大人みたいな」お皿。


「いつも入っているお店と違うから、緊張しちゃって、興奮しているのにおとなしくなっちゃったね〜」
と母親に言われても、ちび子は上の空。店を出ても紅潮したままぽーっとなっていた。

 母親である友達の方は
「ファミレスじゃあ、大人社会の入り口になんないんだぁ。
 大人のお店に入るなんて絶対無理だと思ってたのになぁ。」
と独り言のように言っていた。娘が、緊張していたとはいえ、外で長時間いい子にできることが分かったのが、感動だったそうだ。私もかなり驚いたんだけどね。食べたこと、見たことがない豪華な飾りのあるデザートで驚かせてやろうとは思っていたけれど、あんなに効果覿面だと思わなかったから。

 あれだよ、昔で言う「よそゆき」だよ。よそゆきの服着たら、泥だらけにするのをおてんばさんがちょっと躊躇する。よそゆきの革靴は○○レンジャーの運動靴より歩きにくいけれど、大人のお姉さんに褒められてちょっとかっこよくなった気がする。「よそゆき」はこどもにとって、オトナ社会っていう大海原の入り口みたいなもんなんじゃないかなぁ。んでもって、少しだけ大人みたいに扱われたら、それなりにオトナみたいに振舞う(こどもにとっての「オトナみたい」であって、とんちんかんなこともおおいけれど)。
 ちび子にとって親に叱られるより、あの、お城みたいなお店にいるっていうことのほうが、「走り回っちゃいけない」気持ちになる要因だったんだろう。ファミレスで走り回ったり奇声を上げてイケナイ理由なんかわかんないけれど、お城でそんなことしたらお姫様でなくなっちゃうから。王子様が出てこなくなるから。あ、もしかしたら、ウェイターさんが王子様だったのかもしれない、ちび子にとっては。



 というのを、エキスパートモード 一発、二発、散髪を読んで、思い出した。